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東京地方裁判所 昭和37年(行)45号 判決

原告 倉持千賀子

被告 労働保険審査会

訴訟代理人 片山邦宏 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一、双方の求める裁判

原告訴訟代理人は、「被告が、昭和三五年労第一九三号平均賃金額決定取消再審査請求事件について、昭和三七年三月一四日原告に対してした裁決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者間に争いのない事実

一、亡倉持益雄は、島根県美濃郡匹見町三葛、木原造林株式会社広高山事業所に木馬夫として就労していたもので、同事業所は、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)所定の「強制適用事業」に該当するものであるが、同人は、昭和三四年一〇月九日約六石の原木を搬出中、木馬が滑り出したため、木馬による下腹部圧迫の傷害を負い、九時間後に死亡した。

二、原告は、亡益雄の妻であるが、同人の右業務上の死亡につき益田労働基準監督署長に対し、遺族補償費及び葬祭料を請求したところ、同署長は、同人の平均賃金を一日五〇〇円と査定した上、保険給付として遺族補償費五〇万円、葬祭料三万円を支給する旨の処分をした。しかし原告は、右処分を不服として、同県労働者災害補償保険審査官に審査請求したが棄却され、さらに被告に対し再審査請求(昭和三五年労第一九三号平均賃金額決定取消事件)をしたが、被告は、昭和三七年三月一四日これを棄却する旨の裁決をした。

三、なお、益雄は、他四名と共に福安組(別名里岩組)を構成し、広高山事業所においては右五名共同で事業所の指示に従い樹木を伐採して所定の搬出場所まで運搬する労務に従事していたものであつて、賃金は材木の種類及び口径によつて予め定められた一石当り単価と、搬出場所において検収した出材の石数とによつて算出する出来高払とし、事業所から福安組に一括して支払われ、同組において各人の稼動割合に応じこれを分配していたものである。

第三、争点

一、原告の主張

1、原告の再審査請求に対する被告の裁決には、次の違法がある。

益田労働基準監督署長がした前記保険給付処分は、益雄の平均賃金を一日五〇〇円として給付額を算定したものであるが、同人の死亡前三カ月の実収賃金(計一二二、四二三円、稼働日数四七・二日)の一日平均は二、五九四円であつて、平均賃金の額は、出来高払制だとしても、右金額の一〇〇分の六〇である一、五五七円を下ることを得ない(労働基準法一二条一項一号参照)。前記監督署長の処分は算定基礎となる平均賃金の認定を誤つた違法のものであり、右原処分を是認した被告の裁決は取消を免れない。

2  被告の主張事実は、否認する。仮りに、被告主張のような平均賃金に関する協定が存在するとしても、法の保障する最低額以下に平均賃金を認定することは許されないからこれを容認する被告の裁決が違法であることに消長がない。

二、被告の主張

益雄の平均賃金は次に述べるとおり五〇〇円であつて、被告の裁決は適法である。

益雄が従事していたような山林労働は季節、天候、地形、林相等により作業に繁閑、難易のむらが生じ、しかも賃金形態が前記のとおり出来高払制であるため、時期により実収賃金額が浮動的であることを免れないから、平均賃金を労働基準法一二条一ないし六項の原則的方法により算出することは、平均賃金の趣旨に背反する不合理な結果となる。従つて、右益雄の平均賃金は、同条第八項の「第一乃至第六項によつて算定し得ない場合」に当り、労働大臣の定めるところ(昭和二四年四月一一日労働省告示五号により右権限を労働省労働基準局長に委任、昭和三一年六月七日基発三九号同局長通達により請負給制休業労働者等の平均賃金については承認基準を定めてこれを都道府県労働基準局長の承認に委ねる。)によるべきものと解されるところ、広高山事業所においては、昭和三四年四月一〇日付で、使用者代理人水戸孝と同事業所に雇傭されている全労働者を代表する大塚力雄、居戸正義との間で伐採夫、集材木馬夫、雑役夫の各平均賃金を五〇〇円とし、その有効期間を一年間とする内容の協定が締結され、島根労働基準局長は、同年九月九日付で右協定平均賃金を承認した。従つて、益雄の災害事故当時の労働基準法所定の平均賃金は、五〇〇円である。

第四、証拠〈省略〉

第五、争点の判断

本件の争点は、益雄の平均賃金を一日五〇〇円として保険給付額を算定した点について、被告の裁決が原処分を支持したことの当否に帰着する。当裁判所は、この点について次のとおり判断する。

益雄が従事していた木馬夫のような山林労働が季節、天候により、また地形、林相等の作業環境によつて大きな影響を受け、作業の難易や繁閑にむらを生ずることを避け難い性質のものであつて、その賃金形態が前記のように出来高払制である場合には、労働者の受領する資金も、時期によつてあるいは著しく高額に、あるいは極めて低額になることを免れないことは、経験則上首肯し得るところであり、成立に争いがない甲第一号証によれば、益雄の死亡前約四カ月間の賃金収入も、各月により著しい格差があつたことが認められる。

ところで、労働基準法一二条の平均賃金に関する規定の趣旨とするところは、現実の賃金収入には時期により多少の差異があることを前提とした上で、算定基準時のいかんによる偶然の不均衡を避け、できるだけ賃金収入の実態に即した状況において労働者の生活を保障しようとするにあり、労災保険法一二条一項二号以下において右平均賃金をもつて保険給付の算定基準としたのも、同趣旨に出たものと解される。労働基準法一二条は一項から六項までに常用労働者の平均賃金算定方法を定め、八項において「第一項乃至第六項によつて算定し得ない場合」は労働大臣の定めるところによるものと規定しているが、同項にいう「算定できない場合」とは、雇入れ当日に災害が発生した場合等技術的に平均賃金の算定が不能である場合のほか、事業や賃金形態の特殊性から、一ないし六項の算定方法によるときは平均賃金の額に偶然による著しい高低の浮動を生じ、平均賃金の本来の趣旨に背反するような結果を生ずる場合をも包含するものと解するのが相当である。

以上によれば、本件益雄の場合は労働基準法一二条八項にいう算定不能の場合として、その平均賃金は労働大臣の定めるところによるものと解せられるところ、昭和二四年四月一一日労働省告示五号により右算定不能の場合の平均賃金は労働省労働基準局長の定めるところによるものとされ、同局長の昭和三一年六月七日都道府県労働基準局長宛通達(基発三六九号「請負給制によつて雇傭される漁業および林業労働者の平均賃金について」)によれば、当該事業場における過半数労働者を代表するものと、使用者との間に自主的な平均賃金協定があり、それが当該地方の同種労働者の賃金を勘案して合理的なものである場合において、当該都道府県労働基準局長が右協定を承認したときは、その協定による額をもつて平均賃金とする旨を定めていることが認められるから、本件益雄の場合についても、災害の当時右通達による協定額が存在するものとすれば、それが労働基準法の平均賃金の趣旨に反した不合理なものでない限り同人の平均賃金となるものというべきである。

成立に争いのない乙第一ないし第四号証(第三号証は一ないし三、第四号証は一、二)によれば、昭和三四年四月一〇日被告主張のとおり広高山事業所の労使代表者間においてその主張のような内容の平均賃金協定が結ばれ、同年九月九日島根労働基準局長の承認を経ていること、右協定額は同年度島根県林業労働者職種別賃金調査結果による益雄と同職種の者の賃金及び益田労働基準監督署管内の協定平均賃金の各平均額と比較して、いずれもこれを上廻るものであること、本件災害事故と略同じ頃益雄と同じく福安組に属する石原勲に対しても右協定額を基礎として休業補償給付がなされていることが認められるのであつて、他に右協定額をも著しく不合理なものとみなすべき特段の事情は認められないから、益雄の平均賃金は、右協定にかかる一日五〇〇円ということになり、原告の主張は理由がない。

第六、結論

被告の裁決には原告が主張するような違法事由は認められないから、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橘喬 吉田良正 三枝信義)

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